人生・仕事

努力は必ず報われる?報われることを第一に望んでしまうから、望みから遠ざかる

努力が報われないという悩みのイメージ

こんな記事

頑張っているのに、社会が認めてくれない。誰も認めてくれない中で、努力を続ける気力が湧いてこない。こんな考え方になっているなら、貴方は自らの意思で理想とは逆方向へ進んでいます。

勿論、この状態では、人生は好転していかず、貴方が苦悩の空から解放されることは無いでしょう。音楽という分野に限って話をしても、貴方が望む様な結果は手に出来ません。

この記事では、努力を続けていくための考え方として、コツではなく対象を探す方法を提案します!Just Do What You Love!

結論

努力が報われるかが気になるのは、その努力自体が貴方を幸せにする行動ではないからです。必要なのは、内発的動機付け

努力を継続するコツを探すのではなく、努力が自然と注がれる興味の対象を見つけることが、努力を継続する本質的な解決策なのです。

内発的な行動を繰り返していけば、結果として幸運が舞い込んでくるかもしれません。そのときは、その幸運を喜んで抱きしめましょう

二種類の努力

私は、努力を以下の二つに分類しました。変わった名前なのでお分かりかと思いますが、独自の命名です。それぞれの努力はご覧の通り、表裏一体の性質を持つ物です。

名称メリットデメリット
文明的努力適用可能範囲が広い効果、継続性
原始的努力効果、継続性適用可能範囲が狭い

「文明的努力」は広く適用できますが、その効果と継続性に問題があり、「原始的努力」は効果や継続性は抜群ですが、適用範囲が限定される点に問題があります。

二つのタイプのイメージ

a. 文明的努力

外的な目標達成に重きを置くである努力を、「文明的な努力」と定義しました。今の社会において、一般的に努力とされる物はこの姿をしていることが多いと思います。「文明的努力」は、幸せをもたらす対象の獲得を目的として行われ、例えば金銭、地位、名誉などがその対象となり得るでしょう。

欲望を持つのは人間の本質で健全なことです。しかし、対象の獲得に夢中になるがあまり、その過程で多くの犠牲を払うことを厭わなくなると、知らず知らずのうちに貴方の人生を暗転させてしまう可能性があります。

また、この手の「文明的努力」は、真の感情に揺り動かされたものではないことが多く、挫折に直面したときに折れやすく、その継続を放棄してしまいやすいという弱点があります。また、明確な報酬が示されない場合も、継続できなくなります。

この努力を継続する仕組みを作るためには、自分を上手く制御する仕組みが必要になります。例えば目標値を設定して、その達成に応じて何らかの報酬を得られる仕組みにする、などがあげられるでしょう。

b. 原始的努力

そこで、「文明的な努力」とは対照的な努力として、「原始的な努力」という概念を提起したいと思います。これは、私が皆さんにお勧めしたいタイプの努力です。

この努力においては、報われるかどうかと言う観点は重要ではなく、自分自身の「裸の幸せ」とその行為が結び付いているかという観点が重視されます。つまり、感情という内部要素を重視する点で、「文明的な努力」とは大きく異なります。

私は、この姿勢こそが理想的な努力の姿であり、努力でありながら一般的な努力=文明的な努力と一線を画する物であると考えています。

ひとたびこの努力が動き出せば、人為的な仕組みは必要ありません。ただし、この努力が動き出すのは、自分が本当に興味を持てることだけであるため、作為的に発動できません。

原始的なイメージ

参考:とある数学者の至言

数学者の岡潔さんは、「私は、数学を学ぶ喜びを味わっているのであって、それが広く社会にどういう意義を持つかは関係ない」という趣旨の発言をされています。

この状態なら、自身の技術の向上などを喜びに変え、それを目的に努力を続けていくことが出来ます。芸術などで大成している方は、この手の考え方を追求した結果として、成功と呼ばれる場所にたどり着いた方が多いと考えています。

もちろん、金銭や成功は忌むべきものではありませんし、結果物としては享受するべきものです。ただし、努力の最大目標が外的成功の獲得であるならば、その継続に大きな問題を抱える可能性があります。

努力を継続するために

では、私たちは、どうすれば努力を継続することが出来るのでしょうか?私は努力を継続するために必要な要素を、以下の3つに分解してみました。

a. 「原始的努力」の価値を知る

私は、人生を変える程の本質的価値を持つ努力とは、ただひたすらに自身の好奇心や興味と向き合った結果として、自然発生的に生まれてくる物だと考えています。もちろん、「原始的努力」の継続は、極めて容易です。

言うまでもなく、好きでたまらない物に注ぐ努力は、俯瞰的に見れば、絶えることが無いからです。つまり、努力が成功の必要条件だとするならば、私たちは「原始的努力」に光を当てるべきでしょう。

「文明的努力」では、報酬なしの行動は期待できませんが、「原始的努力」では、内部の感情を源泉とする行動が可能です。この点で、「原始的努力」は貴方の人生を変えてくれるほどの効果を持ち得るのです。

b. 「興味の源泉」を探す

ですから、逆説的ですが、努力を継続したいと考えているならば、自分の興味が自然と向く対象を見つけることが何より重要だと言えます。

そうではない対象に向けて努力する場合も努力の継続が不可能とまでは言いませんが、あくまで作られた情熱で動かざるを得ず、本当の熱量は生み出しません。

極論を言えば、努力が続かないという悩み自体がナンセンス。何故なら、努力は本来、心の泉から湧き出る行動意欲の結果だから。そうならないとしたら、心と向き合わず、興味の湧かない対象に対して無理に行動しようとしているのです。

努力を続けるコツを探すのではなく、努力が自然と湧き出る対象を探すことです。努力を無理に呼び起こそうとする場合、報酬の是非などの外的要因に依存することになるため、努力は不安定になります。

源泉のイメージ

c. 「諦めない」を止める

「諦めない」は「継続する」と表裏一体であり、重要です。ただし、抑制的な要素を含むその言葉は、どちらかと言うと「文明的努力」に相応しいと言えます。

「原始的努力」においては、ただ興味を満たすべく行動し、その行動を楽しむという考え方が重要です。「~しない」ではなく、「~する」の行動原理です。

「諦めない」という感情が湧かない、つまり、「興味があるから継続したい」という内発的な動機が生まれる状況を探し、その環境を楽しもうという意識が必要なのです。

ただ、好きなことを続けているだけで、対外的には「不屈の精神」などと言う高尚な物と思われてしまう。これは、如何に私たちが文明的な色眼鏡を通して物事を判断しているかを示していると言えるでしょう。

さいごに

成功という結果指標を追いすぎると、挫折に捉われ、努力が報われないことを憂うようになってしまいます。努力は、純粋な好奇心追及行動の結果として生まれる副産物であり、それ自体から対外的な価値を生み出そうとしてはいけません。

そもそも、対外的に価値が無いと思われても、深刻な問題ではない。何故ならば、認められることが第一義ではないから。そんな姿勢を貫くことが出来れば、努力は自然と継続され、いずれは貴方が望む様な結果をもたらしてくれるでしょう。

言うまでもないことですが、結果として報われることを否定しているわけではありません。全力を尽くしたものが誰かに認められ、その結果として何かを手に出来るのなら、それは間違いなく喜ばしいことです。

エンゼルス大好き
すけまろ
myself
スピッツが大好きで10年来のファン。このブログは、そんな私によるスピッツのファンブログです。カラオケ大好き、スピッツの楽曲フルレビューにも挑戦中。歌手オーディションに3回合格。漫画、アニメ、読書も好き。スポーツ観戦がライフワーク。最近はエンゼルスに夢中で、ツイッターでは応援ツイートを垂れ流しています(笑)。貴方も、「LTBU」しませんか?
\ Follow me /
error: Content is protected !!