裏声は、どこまでいっても裏声。私は、この考え方に否定的です。この表現は、裏声の価値を不当に下げ、学習者が地声に拘り続けしまう危険を孕んでいると考えるからです。
確かに、息漏れのファルセットを出し続けても、その声はミックスボイスにはなりません。しかし、ミックスボイスに至るには裏声の強化が必要不可欠で、裏声感覚で地声のように響くミックスを出すことも可能なのです。
この記事では、芯を持ったミックスを出すために必要な独自感覚「点に引っ掛け感覚」をお伝えしていきます。
結論
声帯交錯筋を目覚めさせることが出来ていれば、その筋肉を足掛かりにして裏声に近い感覚で楽に喚声点を越えていくことが出来ます。
また、声帯交錯筋にどれだけの力を込めるかを調整することで、ミックスボイスの音質を調整することも可能です。
以降で、その助けとなるかもしれない独自感覚をご紹介していきます。
声帯交錯筋とは
今回の感覚には声帯交錯筋の働きが必要不可欠です。ですから、まずは声帯交錯筋の性質と覚醒のさせ方の紹介から始めていきます。
その性質
フレデリック・フースラー氏の著書からの記述を引用しておきましょう。
フレデリック・フースラー著 「うたうこと」p33より引用
これらの繊維こそ、注目すべき方法で声帯の縁を調節し、歌声に最も微妙な美しさを生じさせるのである。
同氏は、この部分以外でも、この筋肉繊維群=声帯交錯筋の重要性を再三指摘しています。この筋肉が、我々が目指す自由で瑞々しい発声に必要不可欠なのは明らかです。

覚醒の仕方
では、そんな重要な声帯交錯筋をどうやったら目覚めさせることが出来るのでしょうか?答えは簡単です。地道にNAYのスケールが一番効果的です。
アニメ声になってしまってもいいので、しっかり声に芯を作ることを優先してトレーニングしましょう。喚声点を越えても、声が抜けないように気を付けてくださいね。
この筋肉の覚醒は、古典的ベル・カントの神髄ともされている技術です。簡単に習得できるはずもないと理解しましょう。
「点に引っ掛け感覚」のイメージ
ここからは、私が掴み始めた感覚「点に引っ掛け感覚」を紹介していきます。なお、この感覚は、声帯交錯筋がある程度使えているという状態が前提となっています。
貴方はクライマー
貴方は、先の尖ったアイス・ピッケルを壁面に突き刺しながら直角の壁を登るクライマーです。氷の壁を登るクライマーをイメージしてください。
貴方は、見つけた丁度よさそうな氷に向かってアイス・ピッケルを振りかざします。ピッケルはしっかりと壁面に食い込み、固定されました。
貴方は、そしてそのピッケルに体重をかけながら引っ張る形で、体を上へと移動させ頂上を目指します・・・。

「点に引っ掛け感覚」の解説
この感覚において、重要なことは以下の4点です。
a. 声帯交錯筋が前歯の裏の少し上にあるイメージ
b. 声帯交錯筋がアイスピッケルを固定する場所
c. ピッケルの先端を使い、そこに力を一点集中させる
d. 固定したピッケルに力を込め、垂直に体を引き上げる
力を込める場所(a~bについて)
この感覚では、声帯交錯筋に対して力を込める必要があります。イメージとしては声を前歯の裏の少し上あたりに当てると、上手くいく可能性があります。
声帯の閉鎖は、声帯の振動を妨げない最小限の力で、しっかりと行う必要があります。私は、声帯をつまむ感じで力を入れています。
力の込め方(c~dについて)
上方の点に向ける
力の向かう先は声帯交錯筋という点であり、一極集中型でなくてはなりません。アイスピッケルの先端で点を狙うイメージで、力を込めましょう。
この力の込め方が上手くできるようになると、声帯交錯筋が「声帯フォーム」の中で点として躍動する感覚を得ることが出来るでしょう。
声帯全体の基本閉鎖は、通常の閉鎖筋(側筋・横筋)によって、喉周りの筋肉がリラックスした状態で行われていなくてはなりません。
「別記事:基本閉鎖と基本伸展の考え方」も、ぜひご覧ください!
「別記事:声帯交錯筋とその鍛え方」もぜひご覧ください!
点を支点に垂直移動
上方向にある声帯交錯筋に力を込めたら、そこを支点として、声を垂直に引き上げるイメージです。この時、喉の奥が狭まらないように注意してください。
上手く出来ると、裏声感覚で楽に声を出しながらも、地声の音質を保つこと、地声との連結感を感じることが出来ます。この部分は、以前ご紹介したエレベータ感覚を適用すると言ってもいいでしょう。
点に対してどれだけの体重を掛けるかで、裏声の感覚が地声に近づく感覚になりますので、力の掛け具合によって音質の調整が可能です。
「別記事:エレベータでミックスボイス」も、ぜひご覧ください!

さいごに
裏声感覚でも、地声のような声は出せます。そして、そのためには声帯交錯筋を目覚めさせる必要があります。
声帯交錯筋は、非常に繊細で傷つきやすい筋肉とされています。その開発には細心の注意を持って、くれぐれも焦って喉絞めに走らないようにしましょうね。