ミックスボイスという山の山頂を目指す私達にとって、必要なものは何でしょうか?それは、山頂の写真ではなく、登山道の地図です。
ここでの山頂の写真とは「主観的な発声感覚情報」であり、登山道の地図とは、「客観的信頼性のある声の育成理論」です。
この記事では、登山道の地図としてのベル・カント唱法に従いながら、何故声を切り替えるべきなのかについて、持論を述べます。
結論:どんどん切り替えよう
自分のミックスにある程度満足できる人は、発声感覚に拘ることはありません。他人が何と言おうがその声を使い続ければいいと分かっているからです。
逆に言うと、「ミックスボイスは地声なのか、裏声なのか」という疑問を持つ人は初学者が中心だと言えます。そして、初学者に最も必要なことは裏声の強化です。このことは、ベル・カント歌唱法の指導からも明らかです。
引用 : コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p111
「胸声の機能を無理なく出せる音域以上に高く押し上げるどんな試みも許されない」
以上の事から、声は切り替えた方が良いと言えます。
念のためですが、ミックスは裏声感覚でしか出せない、と言っているわけではありません。私は他人の感覚を感じることが出来ないからです。
私が言いたいことは、裏声感覚でもミックスは出せるし、裏声強化による声の開発が安全であるという事です。
本論:「声の切り替え」の是非
ミックスボイスをこれから習得したいと考える人は、そもそも地声と裏声しか持っていません。その状況で考えるべきは、なにがミックスを作る助けになるのかです。
ここでは、地声感覚と裏声感覚を、その候補として分析してみます。
地声感覚を大切にすること
私は、地声感覚に拘ることが助けになるとは思っていません。「地声を高音でも使えるようにしろ」というのは、私にとっては殆ど不可能課題に思えます。
引用 : コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p111
「胸声の機能を無理なく出せる音域以上に高く押し上げるどんな試みも許されない」
そもそも、地声を喚声点以上の音で自由に使えないからこそ、私たちは何らかの方法でその課題の克服を目指しているのです。その中で地声に拘ることに合理性があるでしょうか?
また、ミックスボイス音域に入っても特別に意識を変えるべきではないという意見もあります。地声の感覚から感覚が変わる以上、音質も変わってしまうという論法です。
しかし、私はこの考えにも否定的です。下記の引用のように、プロですら細心の注意を込めて渡っている小橋を、私たちが、特別な感覚なく超えていけるでしょうか?
引用:コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p82
(とある実力派オペラ歌手を指して)細心の注意を込めて、滑るように、この嘆かわしい小橋を渡っていることは、極めて明白である。
※()内は筆者による補足
私は、この「細心の注意」と言う部分に、「声帯フォーム」および発声感覚の切り替えが含まれていると解釈しています。

裏声感覚に切り替える
喚声点以上に地声を持ち上げてはいけない以上、喚声点より上の音は裏声で処理するしかないというのは当然の帰結です。
裏声を出すのに地声感覚で出さなくてはならないという事は、そもそも自然の摂理に反しますし、自然の摂理に反するという事はベル・カント唱法にも反するという事です。
弱弱しい声がミックスとして響く声に成長するという事を信じてコツコツと練習できるかが、ミックスボイス習得の分かれ道です。
「ミックスボイスは育てる物」もぜひご覧ください!
感覚は「切り替え」OK
ミックスボイスの小橋を渡るためには細心の注意と特別な準備が必要で、その準備こそが裏声感覚への切り替えだと考えています。
仮に、地声感覚に拘ることが正しいなら、ベル・カント唱法において、喚声点以上に地声を持ち上げることが禁止されるはずがないと考えています。
引用 : コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p111
「胸声の機能を無理なく出せる音域以上に高く押し上げるどんな試みも許されない」
発声感覚の一本化は、目標を実現するための手段ではありません。ただし、 結果として地声感覚に近づくことや、その感覚に寄せることは可能です。
どこで切り替えるか
練習初期は、一般的に定義される喚声点付近で声を完全に切り替えてしまいましょう。良い歌には聞こえないでしょうが、練習だと割り切ってしまえばいいのです。
切替目安は、貴方の声が苦しくなり始めるポイントです。男性ならmid2C~F、女性ならmid2G~hiA#位ですが、貴方の体と相談して決めましょう。

どうギャップを埋めるか
練習初期は声の下端と上端が強く、喚声点付近の中音域が弱いです。では、どうすればこの中音域を強化して、音質的な変化をなくすことが出来るのでしょうか?
答えはシンプル。喚声点付近の裏声を鍛えて、地声と同じくらいのパワーを持たせることです。このことを実現して初めて、ミックスボイスへの道が開かれます。
引用:コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p110~111
胸声は、声区のブレイク点より上へは決して押し広げてはならないが、ファルセットの拡張は促進されるべきであり、胸声区の方へ<下げて>いかれねばならない。
私の場合、しゃべり声で楽に出せるのはmid1F~Gあたりが限界ですから、mid2Aより上は全てミックスで歌う事が究極の目標です。そのため、裏声の低音域を強化する練習を継続しています。
「別記事:ミックス習得手順の詳細」もぜひご覧ください!
さいごに
今回は、ミックスボイス発声における「切り替え」について説明しました。今回の記事を、軽くまとめておきましょう。
裏声に切り替えてOK
ミックスボイスの習得には、裏声の下端の強化が欠かせません。裏声を出すときは裏声感覚になるのは当然ですし、まずは声を完全に切り替える意識で裏声を鍛えましょう。その結果として、地声と裏声の発声感覚も近づいてくるでしょう。
地声を持ち上げるのはNG
何度でも強調しますが、ミックスボイス習得のために喚声点より上で地声を練習する必要はありませんし、その練習は貴方の声を破壊するリスクがあります。
引用 : コーネリウス・リード著 「ベル・カント唱法 その原理と実践」p111
「胸声の機能を無理なく出せる音域以上に高く押し上げるどんな試みも許されない」
亀のように、一歩ずつ進もう
中音域処理をマスターするという事は、即ちミックスボイスをマスターするという事です。そして、それは明らかに大変な困難を伴う一生の課題だと考えるべきです。
コツや感覚論だけに目を奪われず、本質的な基礎練習を繰り返すことで成長していきましょう!