発声の罠・注意点

「簡単な出し方」に誘惑されているうちは、ミックスボイスは習得できません

こんな記事

何事においても、本質を軽視した安易な方法において真の成功を掴むことは出来ません。勿論、発声練習においても同様です。

リード氏の「ベル・カント唱法」においては、パンくずを噛ませる練習を安易な練習例として紹介しています。その場しのぎの練習は、せいぜいその瞬間の嵩上げにしか役立ちません。

ミックスは自由で自然な発声ですが、その習得には絶え間ない努力と改善が必要不可欠という当たり前を、しっかりと肝に銘じましょう。

結論

ミックスボイスを習得したいなら、「簡単な出し方」を追い求めないでください。本質的な成長無くして、ミックス習得はあり得ません。

ミックスは、その自由度からある意味「簡単な声」と言えますが、その習得プロセスは簡単なものなどではなく、地道な鍛錬の成果物です。

ボイトレとは再生・治療

ミックスボイスは、特別な発明品ではなく、自然な発声です。フレデリック・フースラー氏の言葉を借りるならば、ミックス習得プロセスは、自然の回復です。

【フレデリック・フースラー著 「うたうこと」p10より引用】

声を形成する、すなわち声を訓練することは、再生の過程である。(中略)すべての芸術的考慮から離れて、声の訓練はこのように治療以外の何物でもない。

自然に感じられるべきことは、はたして難しいでしょうか?そんなはずは、ありません。この意味で、完成形のミックス発声は、簡単な物です。

「簡単さ」に潜む罠

ミックスボイスの発声そのものは自然なものです。この技術に真に習熟している歌手からすれば、ミックスボイスとは簡単かつ自然な発声になるでしょう。

では、ミックス習得プロセスも、簡単な物なのでしょうか?答えは、ノーです。ここを誤解してしまうと、いつまでたっても本質的な練習ができません。

「簡単さ」に捉われた場合、その場しのぎのボイトレに終始してしまうため、いつまでもたってもミックスは習得できません。

「簡単な出し方」に負けないで

完成形の発声が自然で簡単だとしても、その習得プロセスは簡単ではありません。発声難易度と、獲得難易度はイコールではないのです。

「簡単な出し方」を追い求めるのは、ミックスの習得に有害です。そもそも、現実を冷静に見れば、簡単な出し方を追い求めることに意味がないと分かるはずです。

「簡単な出し方」が存在するのなら、素人でもミックス使いだらけ。貴方は、素人でもミックスボイサーだらけだと思いますか?

私たちが真に問うべきこと

私たちが真に問うべきは、「ミックスは簡単な発声か」ではなく、「ミックスボイス習得の道のりは簡単か」です。この二つは、似て非なる問いです。

言うまでもなく、習得過程は困難と努力を伴います。山頂からの眺めは素晴らしいですが、そこに至るためには、険しい山道を登らなくてはなりません。

では、どうすればいいのか

基礎練習を積み上げる覚悟が必要です。革新的な閃きよりも、地道な練習です。当たり前のことを当たり前に続けることだけが、必要不可欠です。

ただし、簡単な声を習得するためのプロセスは、楽ではありません。何故ならば、プロセスを続けていくことが以下の様な理由で難しいからです。

  1. 「簡単な出し方」というまやかしに惑わされる
  2. 必要な筋肉の目覚めに時間が掛かる
  3. 張り上げ発声とは全く異なるため、練習に確信を持ちづらい

重要なのは、正しい方向に向かうための知識と忍耐、そして音楽を楽しむ心です。それさえあれば、現在地に関わらず、いずれは山頂にたどり着くことが出来ます。

さいごに

今回は、「簡単な」という表現を用いましたが、本来は「自然な」という言葉で語った方が適切です。「簡単」には、練習者を誤った道へ招く響きが含まれてるからです。

ミックスボイスの簡単な出し方を求める気持ちは分かりますが、その誘惑を回避する勇気を持ちましょう。簡単な手法への依存は、声の成長を止めてしまうものです。
エンゼルス大好き
すけまろ
myself
スピッツが大好きで10年来のファン。このブログは、そんな私によるスピッツのファンブログです。カラオケ大好き、スピッツの楽曲フルレビューにも挑戦中。歌手オーディションに3回合格。漫画、アニメ、読書も好き。スポーツ観戦がライフワーク。最近はエンゼルスに夢中で、ツイッターでは応援ツイートを垂れ流しています(笑)。貴方も、「LTBU」しませんか?
\ Follow me /
error: Content is protected !!