「素晴らしい音楽なくして、素晴らしい人生なし」。この記事は、そんな私の人生を彩ってくれる楽曲たちを紹介していくコーナーです。
今回ご紹介する「愛のことば」は、スピッツの6thアルバム「ハチミツ」収録曲で、明るさと暗さが同居した雰囲気が魅力的。個人的には、PVのイメージもあって、退廃的な世界観を重ねています。
この記事では、そんな「愛のことば」の魅力を語りつつ、その歌詞の意味を考えます。主人公は何故、愛のことばを求めるのでしょうか?
「愛のことば」とは
「愛のことば」は、スピッツが1995年にリリースした6thアルバム「ハチミツ」の収録曲。前曲の「ルナルナ」はポップに傾倒していましたが、「愛のことば」は、明暗両面を含んだ奥深い曲。美しい歌詞とメロディーは、傑作と呼ぶに相応しい完成度です!
曲名 | コメント | 一般知名度 | お気に入り度 | |
1 | 愛のことば | 壮大な多層曲 |
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「愛のことば」の印象
「愛のことば」は、言わずと知れたスピッツの傑作の一つ。2014年にテレビドラマの主題歌としてリバイバル起用されたことが示すように、発売から数十年が経っても愛され続ける傑作。以降では、そんな「愛のことば」の魅力を、以下の3点で語ります!
1. 演奏について
「愛のことば」は、様々な顔を持っていると感じているため分類は難しいですが、大枠としては、シリアス寄りなスピッツロックという扱いが最適ではないでしょうか。ロックバンド・スピッツとしての一つの到達点のような曲だと感じています。
スピッツのシリアスロックとしては、他に「点と点」、「TRABANT」、「夏の魔物」などを思い浮かべましたが、これらの曲はいずれもテンポが速めの曲です。ミディアムテンポの「愛のことば」は、このジャンルの中でも少し異質な曲かもしれません。
演奏のお気に入りは、2種類のギター。サビなどの背後で流れる少し明るい雰囲気を含んだアルペジオと、ギターソロや要所で煽りを入れる際の、やや暗めで太い、歪んだロックギターの音色。これらが、「愛のことば」の明暗を象徴する演奏と感じています。
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2. ボーカルについて
「愛のことば」は、スピッツの楽曲の中でもハイトーンが求められる曲です。サビは、ほぼ全音が一般男性だと苦しくなる音で構成され、Cメロでも高音域が超連発です。ただし、高音パート内での音の高低差はあまりないので、そこは歌いやすい要素です。
なお、「愛のことば」はライブではキー半音下げで演奏されますが、これは歌うのがキツイからという事ではなく、原曲キーだと曲の雰囲気が少しだけ明るめに寄りすぎるからだと感じています。ライブでは、重厚感を強調したいのでしょうね。
実際の話、公式映像化されている「フェスティバリーナ」での歌唱を聴いても、半音下げとは言え、草野さんの歌唱に余裕があるのは明らかです。まあ、そんなことを言い出すと、草野さんがライブで苦しそうにしている姿は見たことありませんがね!
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3. 歌詞について
「愛のことば」の歌詞も、「涙がキラリ☆」と同じように文学的な美しさを感じています。ただ、その世界観は大きく異なり、「涙がキラリ☆」の中心には儚さと美しさを、「愛のことば」の中心には、退廃的なモノトーンの世界を感じています。
「愛のことば」のPVも、穏やかではありません。車に踏みつぶされるペンギン、椅子に押さえつけられ洗脳される人間、砕け散る花瓶、手から消えゆくペンダント、そして、牢獄に捉われた刻印番号付きの天使。どれをとっても、荒廃した世界を感じます。
当然、このPVの内容は、曲の世界観に重ねられているはずですから、歌詞が描く世界も、荒廃した世界のはずです。「愛のことば」では、荒廃した世界の中で愛を求めて彷徨う主人公の美しくも悲しい姿が、文学的な描写によって描かれているのです。
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歌詞の世界を考える
ここからは、「愛のことば」の歌詞を見つつ、その歌詞の意味する世界を考えていきます。今回の考察のテーマは、「煙立ち込める世界で」とします。なお、そんなテーマを補足するためのトピックとして、以下の5つを準備してみました!
曲解釈は私の想像であり、他人に押し付ける物ではありません。ただ、出来る限り想像の根拠が提示できるように、歌詞とリンクさせながら進めていきます。私の想像を楽しんでいただけると、嬉しく思います!
1. 考察の前提
今回の考察では、「愛のことば」のPVが描く世界観を基礎として歌詞を読み、曲の解釈を考えていきます。これによって、考察の独自性も増すでしょう。なお、本PVは、YouTubeのスピッツ公式チャンネルで視聴可能ですので、先にご覧ください。
さて、PV中には意味深なシーンが沢山ありますが、総じて感じていることは、PV中で破壊されている物は、人間らしい感情の象徴だという感覚です。優しさ、好奇心、そして愛。そんな物は、無機質な管理社会の中では不要どころか、有害な物です。
また、PVでは、無理やり椅子に座らされて「調整」を受けた後、立ち上がることが出来ない男性と、その男性を背負って助けようとする女性の姿が描かれます。このシーンは、世界の掟に「調整」された人が、陥り得る事態を示唆しているでしょう。
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2. 世界の救済
時はX年。かつてこの地上を包んだ物が人間の感情だったとするならば、今の世界を覆うのは、合理の掟。感情と言う不確実なものを排除し、全てを管理下に置くのを是とするのが、今の世界です。世界は、大きく様変わりしてしまいました。
今の世界で最も大切なのは、想定外が起きないこと。そのために、全ての人間は計算可能な存在でなくてはなりません。そして、もし計算不可能な存在がいるならば、その存在は適切な処置が必要とされ、世界から「救済」を受けることになります。
世界には、救済が必要な人間が多いため、救済を「待つ」人々は沢山います。実際、多くの人が待合室で「待機」していますから、救済には迅速さが求められます。「救済」を受けることで、人々は世界に適合した存在に生まれ変わるのですから。
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3. 計算だらけ
そんな世界に抵抗しようとした二人が、主人公と君でした。彼ら二人は、無機質な管理を信奉する世界の中でも、愛のような人間らしい感情を持って生きることを望んでいました。例えその感情が、不合理な行動や失敗を誘発するものだとしても、です。
もし、全てが計算可能だとしたら、未来には明確な限界が見えてしまいます。それは世界の安定化には繋がるでしょうが、人間の生のあるべき姿とは思えません。二人にとって、未来は無限の可能性を持つべきであり、色のない安定など必要ないのです。
そんな二人が得意だったことは、愚かなこと、意味のないことを楽しむこと。機械的な、合理的な判断の下では何一つ価値を持たない愚かなことで、心を潤し笑いあう。それこそが、二人にとっての人間の生であり、二人が望む生き方なのでした。
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4. 調整の御手
非合理性の危険さは、教育用映画でも喧伝されています。その映画は、かつて存在した国を扱う物。その国は、合理性を軽視し、国民の好き勝手を許したことで亡国の道を歩んのでした。そして、この映画の浸透で、救済を望む人もどんどん増えています。
しかし二人には、救済の価値が理解できません。想定外を忌み嫌う姿が、正しいとは思えないのです。街に溢れる救われた人々は、確かに秩序だった街を作っていますが、彼らの統制の取れすぎた様子は、人間とは違う命を持った、全く別の何かのようです。
とおころで世界は、救済の価値を理解出来ない人々の「保護」にも熱心です。保護員たちの冷静な指揮の下で、救済対象たちが次々に「保護」されていきます。二人は、辛くもその手を逃れることはできましたが、離れ離れになってしまいました。
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5. 愛のことば
そして、今。立ち上り始めた煙の中、彼は君を求めて彷徨います。疲れ切った彼の目には、自由と愛を司ったかつての神様たちすら、力を失って天国から落下していく姿が見えました。それでも彼は、心に刻まれた愛を抱きしめ、君を求め続けます。
調整を受けたなら心が乱れることもなくなりますが、彼は心に波を立てる愛を追い求めています。愛を胸に抱くことで傷付くこともあると分かっていながら、です。彼には、一切の波が無い平穏な世界より、そんな経験の方が遥かに大切なのです。
しかし、神様すらその力を失う煙の中、彼の脳裏にも意思を調整される可能性がよぎっています。しかし、例えそれが彼の運命でも、彼は最後まで君を求め続けると決意しています。やがて彼の姿は、世界を包む調整の煙に溶け込み、見えなくなりました。
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さいごに
この曲のPVは、本当に想像が掻き立てられるので、是非ご覧いただきたいです。ひっくり返ってもがいていた昆虫が、調整を受けて真っすぐに歩き始める様子は、調整の意味を示しているでしょう。それは果たして、昆虫にとっての幸せでしょうか?